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ごあいさつ
歴史に心を奪われた旅人が切り取った、世界のいぶきを感じる写真と感動したことばたち。
「たびくまの都市史」は、くまをつれた日本近世史の研究者が、世界のあちこちで撮影した、珍しい写真や旅日記、旅先で考えたことを公開するサイトです。特に都市の歴史に興味があるかたは、ぜひご覧ください。ご感想やアドバイスをお待ちしています。
お知らせ


印象・弘前
岩木山。弘前では愛着を籠めて「お岩木山」と呼んだりする。 弘前は「津軽」の文化的焦点でありつづけている。冬は岩木おろしの吹き抜ける雪国に、積もり積もった文化の厚みは、私たちよそ者を圧倒する。 古代の史書『日本書紀』、西暦655年の条に津軽は「都加留」=ツガルとして現れる。エミシの複合的な一集団であり、南のヌシロ=能代、アギタ=秋田と時に結び、時に離反して、大和の朝廷を翻弄した。中世、津軽ではエミシの後裔と目される安東氏が、十三湊を拠点に日本海を経由する北方交易で栄えた。 弘前城二の丸門。楼閣式で江戸城のような櫓式の厳めしさはない。 戦国時代、中期まで津軽は南部氏の領地であった。だが津軽の代官であったその一族、大浦為信(後の津軽為信)が反乱を起こし、南部氏の勢力から離脱する。津軽は津軽のものという感覚が為信を支えた。為信はいち早く、秀吉に接触し、独立した大名として承認される。南部氏は怒ったが、手遅れであった。 補修された本丸石垣。天守台は工事用の足場に覆われている。 津軽氏と南部氏の角逐は江戸時代も続く。最初3万石であった津軽氏は、江戸時代初めに4
千葉正樹


ケチャまつりの55HIROBA
新宿の高層ビル街の広場にバリヒンドゥーの門が立ち、まつりの準備が始まった。 ケチャまつりは、新宿三井ビルの55HIROBAで毎夏開催される、芸能山城組のお祭りだ。ケチャとはインドネシア、バリ島の民俗祭祀芸能、百人近い半裸の男たちが「チャッ、チャッ」という叫びで16ビートのリズムを紡ぎ出し、そのなかできらびやかな衣装に身を包んだ踊り手たちがインドの古代叙事詩『ラーマーヤナ物語』を演じていく。 この祭りは1976年に始まり、今回、2026年で第48回となる。コロナ禍で3回の中断があったが、半世紀に及ぶ歩みを積み重ねてきた。すっかり新宿の夏の風物詩として定着し、入場は無料、5日間の期間中、延べ1万人を超える観客で賑わう。 演じる芸能山城組は、組頭・山城祥二(科学者としては本名の大橋力)に率いられた、アマチュアの、音楽芸能活動を中心とする都市型コミュニティである。東京を中心とするが全国にメンバーが広がり、私もその一員である。 山城組は映画『AKIRA』の音楽を担当して、広く知られるようになったが、活動は世界でブルガリア以外で最初に再現に成功したブルガリア
千葉正樹


サウンドオブミュージックの作り方
トラップ一家の「居城」となったレオポルツクロン城。 1965年に公開された『サウンドオブミュージック』は我が青春の映画でもある。甘酸っぱい思い出に惹かれて、今回のオーストラリア旅行の誘因ともなった。モーツァルトが生まれた音楽の都、ザルツブルクは『サウンドオブミュージック』の舞台、そこかしこにロケ現場がある。 今回のガイドさんは、映画についてとてもよくご存知で、愉快な説明をしてくださった。少し紹介しながら、映画の本質について、ちょっぴり考えてみたい。 マリアとトラップ大佐の結婚式はモントゼーの教会でロケが行われた。 ちょうどキリスト昇天祭でミサが行われていた。 教会外の広場は民族衣装でお祭り気分。ワインが次々開けられている。 映画の舞台として最初に案内していただいたのは、ザルツブルク郊外のモントゼーの教会。モントゼーとは英語で言うならmountain sea=山の海、近くに湖のある、山の中の小さな街だ。 ここがマリアとトラップ大佐の結婚式のロケ場所となった。ちょうどキリスト昇天祭でミサをあげていたので、雰囲気を味わうことができた。...
千葉正樹
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